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宮本和知

スポーツ

宮本和知

みやもとかずとも

80〜90年代のプロ野球選手。

左投左打、ポジションは投手背番号は13→21番。

1964年2月13日生まれ。山口県出身。

下関工業高校から川崎製鉄水島入社、3年目に全日本代表となる。

野球が公開競技となった1984年ロサンゼルスオリンピックに出場、金メダルを獲得。

1985年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。

1年目より一軍に定着。左腕不足だったチームの貴重な左腕として登板。

先発、中継ぎ、抑え、ローテーションの谷間に先発と、各場面で活躍。

また、チームの宴会部長としてグラウンド外でも盛り上げた。

1990年には、14勝を挙げリーグ優勝に貢献。藤田元司監督時代のジャイアンツを支えた。

また打撃も良く、代打で打席に送られることもあった。

1996年、FA宣言をして移籍を希望するも、残留。

1997年、現役引退。

現在はRFラジオ日本野球解説者、スポーツキャスターとして活躍。

1998年には前田亘輝プロデュースによる「All or Nothing」で歌手デビューもした。

また、マスターズリーグ札幌アンビシャスのエース、モルツ球団の選手としても活躍中。

北海道では、ローカルCMの松尾ジンギスカンのイメージキャラクターとしてもおなじみの人。

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