教育勅語 からのリダイレクト リダイレクト元を編集閉じる

スマートフォン用の表示で見る

社会

教育ニ関スル勅語

きょういくにかんするちょくご

1890年明治23年)10月発布。

通称:「教育勅語」

太平洋戦争終結までの日本で、国家主義的教育政策の根幹をなした文書。

学校で式典の際に奉読されるほか、勅語の書面自体を神聖視して天皇皇后の写真とともに特別の部屋や建物(奉安殿と呼ばれる)に保管された。

2014年、原本とみられる文書が発見された。

正文・ふりがな・口語訳文(国民道徳教会 訳文による)

朕惟フニ、我カ皇祖皇宗、國ヲ肇ムルコト宏遠ニ、徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ。
ちんおもうに、わがこうそこうそう、くにをはじむることこうえんに、とくをたつることしんこうなり。
私は、私たちの祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。

我カ臣民、克ク忠ニ、克ク孝ニ、億兆心ヲ一ニシテ、世世厥ノ美ヲ濟セルハ、
わがしんみん、よくちゅうに、よくこうに、おくちょうこころをいつにして、よよそのびをなせるは、
そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、美事な成果をあげて参りましたことは、

此レ我カ國體ノ精華ニシテ、教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス。
これわがこくたいのせいかにして、きょういくのえんげんまたじつにここにそんす。
もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

爾臣民、父母ニ孝ニ、兄弟ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信シ、恭儉己ヲ持シ、
なんじしんみん、ふぼにこうに、けいていにゆうに、ふうふあいわし、ほうゆうあいしんじ、きょうけんおのれをじし、
国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じあい、そして自分の言動はつつしみ、

博愛衆ニ及ホシ、學ヲ修メ、業ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓發シ、徳器ヲ成就シ、
はくあいしゅうにおよぼし、がくをおさめ、ぎょうをならい、もってちのうをけいはつし、とくきをじょうじゅし、
すべての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、

進テ公益ヲ廣メ、世務ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重シ、國法ニ遵ヒ、一旦緩急アレハ、
すすんでこうえきをひろめ、せいむをひらき、つねにこくけんをおもんじ、こくほうにしたがい、いったんかんきゅうあれば、
さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、

義勇公ニ奉シ、以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ、是ノ如キハ、
ぎゆうこうにほうじ、もっててんじょうむきゅうのこううんをふよくすべし、かくのごときは、

真心をささげて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、

獨リ朕ガ忠良ノ臣民タルノミナラス、又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン。
ひとりちんがちゅうりょうのしんみんたるのみならず、またもってなんじそせんのいふうをけんしょうするにたらん。
善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私たちの祖先が、今日まで身をもって示された伝統的美風を、さらに一層あきらかにすることでもあります。

斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ、子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所、
このみちはじつにわがこうそこうそうのいくんにして、しそんしんみんのともにじゅんしゅすべきところ、
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私たち子孫の守らなければならないところであると共に、

之ヲ古今ニ通シテ謬ラス、之ヲ中外ニ施シテ悖ラス、
これここんにつうじてあやまらず、これをちゅうがいにほどこしてもとらず、
この教えは昔も今も変らぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いの無い道でありますから、

朕爾臣民ト倶ニ、拳拳服膺シテ、咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ。
ちんなんじしんみんとともに、けんけんふくようして、みなそのとくをいつにせんことをこいねがう。
私もまた国民のみなさんと共に、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

明治二十三年十月三十日

御名 御璽
ぎょめい ぎょじ

正文のみ

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己ヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕ガ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン

斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳拳服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日

御名 御璽