芹沢博文

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芹沢博文

せりざわひろふみ

1936〜1987 将棋棋士九段

14歳で高柳敏夫門下に入門。少年時代から「天才・芹沢」と嘱望され、「将来の名人候補」と目される。実際、24歳の若さでA級入りするが、わずか2期で降級。その後、再びA級入りすることはなかった。

また、将棋界切ってのユニークな存在として知られ、TV、執筆、講演など多方面で活躍。故・大山康晴十五世名人とは犬猿の仲であった。

酒豪としても知られ、晩年は自殺的な生活の荒れようであったという。

谷川浩司の才能を早くから認め、「谷川の応援団」的な存在であったが、芹沢の晩年に、四段になった羽生善治については「あんな将棋ではダメ」と才能を認めなかった。