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金嬉老

社会

金嬉老

きんきろう

1928-2010

日本語での読み方は「きん・きろう」。韓国語では「キム・ヒロ」とも。

本名は権嬉老。通名は金岡 安広、近藤 安広、清水 安広・・などたくさんある。

幼少のころから詐欺・窃盗・強盗を繰り返しては刑務所に入れられるという生活を送る。1968年2月20日、静岡県清水市内のスナックにて借金のトラブルで暴力団員二人をライフル銃で射殺。実弾千発以上とダイナマイトを持って逃亡するも、翌日になって寸又峡温泉の「ふじみや旅館」に人質をとって篭城する。しかし、記者に扮した刑事に逮捕される。

その後、裁判の結果で無期懲役が確定するが、在日朝鮮人側の「差別の結果として生じた犯罪」という運動に配慮したのか、1999年9月7日に仮釈放され、韓国に出国。韓国人女性と再婚する(その妻は後に金を持って蒸発)。

しばらくして2000年、他人の妻に手を出してその夫に暴力を振るう。殺人未遂と放火容疑で逮捕。懲役二年六ヶ月。「性格障害者」として医療刑務所に送られる。

彼の犯罪は差別ばかりが原因ではなく、本人の素行や性格にかなり問題があったせいだと思われる。韓国マスコミは彼のことを「愛国者」「反日の象徴」として熱狂的に持ち上げ、「日本に復讐したヒーロー」として扱った映画も作成される予定だったが、2000年の犯行で中止された。マスコミの派手な喧伝とは異なり、単なる一犯罪者に過ぎないことが露呈したからである。

日本では、1991年に同事件を題材にしたドラマ「金(キム)の戦争」(フジテレビ系)がビートたけし主演で映像化された。

近年は母の墓参りのため、日本への再入国を希望していた*1が、日本へ再入国しない事が仮釈放の条件だった事もあり、果たす事が出来なかった。

2010年(平成22年)3月26日、前立腺がんのため、韓国釜山の病院で死去。享年81歳。