金山次郎

スポーツ

金山次郎

かなやまじろう

プロ野球選手。 通称「韋駄天」。

右投右打、ポジションは二塁手背番号は29→1番。

1922年7月19日生まれ。福岡県出身

豊国商業(現豊国学園高)から1943年名古屋軍に入団。

1948年急映フライヤーズに移籍。1949年大映スターズに移籍。


1950年松竹ロビンスの創立に伴い、移籍入団。

小鶴誠岩本義行、大岡虎雄?と共に、水爆打線の核弾頭として活躍、セ・リーグ優勝に貢献。

同年、74盗塁で初の盗塁王を獲得*1し、以後1952年1953年と三度盗塁王を獲得。


1953年石本秀一に要請され、小鶴誠と共に広島カープに移籍。

移籍後も一番打者として活躍、銭村健四平山智と俊足部隊をなし、走る野球の原点となった。

1957年現役引退。コーチに就任。1961年、退団。


1962年中国放送野球解説者となる。

1975年カープ初優勝を果たした試合での解説は、ファンの語り草となっている。



1984年3月30日、心不全のため逝去。

*1:シーズン74盗塁は、1972年福本豊に106盗塁で破られるまで、プロ野球記録であった。また、1983年松本匡史に76盗塁で破られるまで、セ・リーグ記録。