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金森徳次郎

一般

金森徳次郎

かなもりとくじろう

1884(明治19)年名古屋市生まれ。

東京帝国大学法学部卒。大蔵省入省後、法制局に移り、34年岡田内閣のもとで法制局長官になったが、天皇機関説憲法観が右翼議員に攻撃され、35年辞任、退官した。

戦時中は晴耕雨読の日々を送った。戦後、第一次吉田内閣の時に請われて憲法担当の国務大臣となり、以降、1946(昭和21)年11月3日、新憲法が公布されるまで政府側の担当大臣として国会での質疑の衝に当たり、新憲法誕生の産みの親(産婆役)となった。

初代国立国会図書館長。