駒澤練兵場

駒澤練兵場

(一般)
こまざわれんぺいじょう

 駒場野の南に設置された陸軍の訓練場である。明治三十年(1897)世田谷区下馬北部から池尻の南部、目黒区東山にかけて兵士を鍛錬する場が設けられた。「現在でいうと南北は国土地理院跡から三宿病院、東西は東山中学から池尻小学校まで及ぶ広大なものだった」(「歴史を訪ねて」月刊目黒、83,3)
 「その後、駒沢練兵場の西側一帯に、野砲兵第一連隊、近衛野砲兵連隊営、砲兵旅団司令部、野戦重砲兵第八連隊営が続々と建てられた。駒沢練兵場で訓練を受けたのは、主にはこれらの兵隊だった。」(同著)
現在、駒澤練兵場の跡地は、公園(世田谷公園など)、公団住宅、学校、病院、自衛隊などの公共施設が建てられている。練兵場の痕跡を残すものは少ない。池尻神社のところに排水溝跡、また食糧学院に境界石、その隣りに糧秣廠馬糧倉庫などがわずかに残っている。

 東山中学脇の急坂の途中に馬頭観音が祀られている。苫良号と福宮号という軍馬である。急坂路訓練の途中で亡くなった馬であろうと思われる。

インターネット上で、駒沢オリンピック公園が駒澤練兵場の跡にできたと書かれているがそれは誤りであろうと思われる。つぎの文章でも分かる。
 「戦争中は軍需省の資材置き場や馬の繋ぎ場などに使ったようですが、戦後は一時東映フライヤーズの野球場となり、昭和39年のオリンピック大会のあと、ここは駒沢オリンピック公園として現在に至っています」(「ふるさと世田谷を語る」深沢、駒沢、新町、桜新町編)

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