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熊井啓

映画

熊井啓

くまいけい

映画監督


1930年6月1日,長野県南安曇郡豊科町(現安曇野市)に、地主の父、元教師の母の息子として生まれる。旧制松本中学(現長野県松本深志高等学校)、旧制松本高校を経て新制の信州大学文理学部を卒業後、独立プロの助監督を経て、1954年日活撮影所監督部に入社する。そこで久松静児、田坂具隆、阿部豊、牛原陽一などの助監督に付くかたわら脚本家としての仕事もこなす。

1964年帝銀事件を描いた『帝銀事件・死刑囚』で監督デビューする。その後の『日本列島』も含めて、骨太な社会派ドラマを作る監督として評判をとる。

その一方、1968年には、三船プロダクションと石原プロモーションが共同制作した超大作『黒部の太陽』を製作し、興行的にも成功させる。1974年には田中絹代が、元「からゆきさん」を演じてベルリン国際映画祭主演女優賞を受賞した『サンダカン八番娼館 望郷』を撮り、重いテーマを扱いながら、重厚な人間ドラマを完成させた。また、1986年、遠藤周作原作の『海と毒薬』でベルリン国際映画祭審査員特別賞(銀熊賞)を受賞した。

その後も社会性の強いテーマを内包した作品を立て続けに発表し、独自な地位を築いている。

大先輩で日本の巨匠である小津安二郎に対し、会社の言うままに体を任せる「女郎のようだ」と小津本人の眼の前で批判したのは有名だが、後年に至り「NHK」のドキュメンタリーで小津について発言した際にこの放言に対しても反省の弁は無かった。

2001年、「松本サリン事件」を題材にした『日本の黒い夏 冤罪』でベルリン国際映画祭国際功労賞を受賞した。

2007年5月23日午前9時51分、クモ膜下出血の為死去。享年76歳。