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芸亭

読書

芸亭

うんてい

物部氏の石上宅嗣が創立した奈良時代の文庫で日本最古の公開図書館



石上宅嗣の薨伝より

 天應元年六月辛亥、大納言正三位式部卿石上大朝臣宅嗣、薨。詔、贈正二位。

 宅嗣、左大臣從一位麻呂之孫、中納言從三位弟麻呂之子也。性朗悟、有姿儀。愛尚經史、多所渉覽。好屬文、工草隸。勝寶三年、授從五位下、任治部少輔。稍遷文部大輔、歴居内外。景雲二年、至參議從三位。寶龜初、出為大宰帥。居無幾、遷式部卿、拜中納言。賜姓物部朝臣、以其情願也。尋兼皇太子傅、改賜姓石上大朝臣。十一年、轉大納言。俄、加正三位。宅嗣、辭容閑雅、有名於時。毎値風景山水、時援筆而題之。自寶字後、宅嗣及淡海真人三船、為文人之首。所著詩賦數十首、世多傳誦之。捨其舊宅、以為阿閦寺。*1寺内一隅、特置外典之院。名曰芸亭。如有好學之徒、欲就閲者恣聽之。仍記條式、以貽於後。其略曰:「内外兩門、本為一體。漸極似異、善誘不殊。僕捨家為寺、歸心久矣。為助内典、加置外書。地是伽藍、事須禁戒。庶、以同志入者、無滯空有、兼忘物我、異代來者、超出塵勞、歸於覺地矣。*2」其院、今見存焉。*3臨終、遺教薄葬。薨時、年五十三。時人悼之。

続日本紀』巻卅六 桓武天皇

現在、その推定所在地は奈良市立一条高等学校の敷地内にある。碑文も立っている。




*1:阿閦寺はあしゅくじと読む。

*2:訳:内(仏教)と外(儒教)はその根本は同じである。漸新さと急進さの違いはあるにしても、上手く導いていければ(その道は)異なることはない。私が家を寄付して寺として仏教への信仰を深めてから久しくなる。内典(仏教の経典)をより理解しやすくするため、外書(儒教などの他分野の本)も併せて置くことにする。ここは(仏教の修行のための)寺なので、その修行を妨げることは何事も禁じ戒めるものである。どうか私と同じ志(仏教への信仰)をもってここに来た人達には、(様々な考え方の)空か有か(といった瑣末な事)を論じて(志を)滞らせることなく、自分の欲望を忘れて(学問や修行に励み)、後進の人達には世俗の苦労などを超越して悟りの境地を開いて欲しいと願うものである。

*3:が、平安京への遷都と物部氏・石上氏の没落により、『続日本紀』が出来る頃はまだ存続していたけど、その後間もなく荒廃・消滅になったと思われる。