迎恩門

地理

迎恩門

げいおんもん

1896年まで存在していた門である。現在は、大韓民国ソウル特別市の独立公園内の「独立門」の正面に、2本の迎恩門柱礎だけが残っている。この門は、漢城の西大門である敦義門のすぐ外、義州を経て北京に至る街道に建てられていた。中国皇帝の臣下であり、冊封国であった朝鮮の歴代の王が、中国皇帝の使者を迎えるための門であった。1407年には慕華楼という使臣のための建物が建てられていたが、1536年に金安老の建議でそのそばに「迎詔門」を立てた。しかし1539年に明の使臣で来た薛廷寵は、使臣は中国皇帝詔書勅書や下賜の品々を持ってくるのに、門の名前が「詔だけを迎える」ではおかしいと言いがかりをつけ、朝鮮側は名前を「迎恩門」に変えた。清代には「三跪九叩頭の礼」によって使者を迎えた。