次に,賢治の「罪」と「罰」について再度考えてみたい。 賢治は詩「「三一四〔夜の湿気と風がさびしくいりまじり〕」(1924.10.5)で「業の花びら」を幻視し,「わたくしは神々の名を録したことから/はげしく寒くふるえている」(下線部は引用者,以下同じ)と記載しているが,この恐怖体験は詩を書いた日に会合に招かれて話をした内容と,3か月前に農学校で上演した劇の内容と深く関係している。ちなみに,下書稿には下線部が〔山地の神々を舞台の上にうつしたために〕と変えるようなことも書かれてある。 前者は賢治が青年会に招かれて石灰岩抹を利用した農業について話をしたときに,聴衆の老いた権威者(組合のリーダー格)から…