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原健三郎

社会

原健三郎

はらけんざぶろう

政治家。元衆議院議長

1907年(明治40年)2月6日、生まれ。2004年(平成16年)11月6日、死去。

兵庫県淡路島出身。

早稲田大学卒業後、講談社に就職。

雑誌編集長を経て、1946年昭和21年)戦後初の第1回衆議院議員総選挙初当選を果たす。

1955年(昭和30年)の自由民主党結党に参加し、国土庁長官、労働大臣を歴任した。

1986年(昭和61年)から1989年(平成元年)まで衆議院議長を務めた。

「死ぬまで議員を務める」と公言したが、1996年(平成8年)の総選挙比例区で当選。2000年(平成12年)、自民党比例区の73歳定年制を受けて、政界引退をした。

本州と淡路島四国を結ぶ高速道路の開通を公約に掲げていたことで知られ、1998年(平成10年)の明石海峡大橋開通の折には、自らはせ参じたことでも知られている。

日活の映画「渡り鳥シリーズ」などの原作・原案としても表示されている。