原貢

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原貢

はらみつぐ

原貢は、日本の元野球選手、指導者。

読売ジャイアンツ監督の原辰徳は子、読売ジャイアンツ投手菅野智之は孫。

1935年3月30日生まれ、佐賀県鳥栖市出身。

鳥栖工業高等学校卒業、立命館大学中退後は、東洋高圧大牟田入社し、社会人野球でプレー。

現役引退後は、福岡県三池工業高等学校野球部監督に就任、1965年には、夏の全国高校選手権大会で初出場ながら優勝し、不況で沈んでいた炭鉱の町に明るい話題をもたらした。

1966年からは東海大学付属相模高等学校で監督を務め、1970年に夏の全国高校選手権大会で全国優勝。原辰徳入学して2年生だった1975年には、春の選抜大会で準優勝した。

1977年原辰徳東海大学進学とともに同大学監督に就任するなど、その後も「親子鷹」として話題を集め、原辰徳在学期間中には首都大学野球リーグで7連覇を達成した。

1981年、原辰徳巨人入りしたのを機に東海大学付属相模高等学校監督に復帰。

1984年からは東海大学系列校の総監督に就任。

1990年から東海大学監督に復帰、6度のリーグ優勝に導き、1996年に勇退。以降は東海大学系列校野球総監督や顧問などを務めていた。

2014年5月4日、心筋梗塞で入院した。

2014年5月29日、心不全のため死去。79歳没。