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玄洋社

一般

玄洋社

げんようしゃ

右翼の思想的源流ともいわれる団体で、頭山満らが設立した向陽社を明治14年に改称したものである。のちに玄洋社から黒龍会、浪人会、大日本生産党、大東塾など、日本の右翼運動が生まれた。

頭山満らは、志士養成を目的に明治12年4月、福岡に「向陽義塾」を開設、さらに政治運動を企図して「向陽社」を設立したが、同14年2月「玄洋社」と改称し、本格的に右翼運動を展開した。

明治17年には、日本に亡命していた朝鮮独立党の朴泳孝・金玉均を擁護し、さらに同27年、朝鮮東学党の乱が起こると、内田良平らを中心に天佑侠を組織してこれに参加、清国支配からの独立親日政権の樹立を狙った運動などを展開、「皇室の敬載」、「愛国」、「人権の固守」の三則を社則とした。