工兵橋

地理

工兵橋

こうへいばし

橋名

太田川水系 京橋川 に架かる、歩行者専用の木造吊り橋。

広島市東区牛田本町6丁目 と 広島市中区白島北町を結ぶ。

由来

工兵橋は、白島地区の陸軍工兵第五連隊(現在の安田学園の位置)と牛田地区にある演習場を結ぶため、1889年(明治22年)に“工兵隊”により架橋されたのが始まり。木造吊り橋として、1933年(昭和8年)に工兵隊により架け替えられた。

1945年(昭和20年)8月6日 原子爆弾によって、白島地区は、この工兵隊付近を除き全焼したが、この橋は爆風方向に架かっており工兵隊裏の大樹により損傷が少なく、牛田戸坂方面への避難者が続々と渡った。

終戦後「工兵橋」の看板は取り払われた。現在、橋名を示すのは 広島市中区白島北町側にある“原爆被災説明板”と、広島市東区牛田本町6丁目側にある交差点の信号機、および 広島交通中国JRバス 共用バス停に表示がある。

“木造吊り橋”の形は変わらものの老朽化に伴い1954年(昭和29年)に現在のものに架け替えられているため、広島市ホームページ被爆橋梁リスト”には掲載されていない。

※ 画像は“原爆被災説明板 ―工兵橋―”