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弘文天皇

一般

弘文天皇

こうぶんてんのう

第39代天皇、諱は大友皇子、あるいは伊賀皇子。

天智天皇の第一皇子、壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)に敗れて縊死した。

日本書紀では抹消された天皇が、前田家本『西宮記』などの文獻から即位の記録が見られる。

明治3年(AD.1870)にその在位が認められ弘文天皇と諡された。

しかし弘文天皇即位したかについては未だ論争があり現在は即位しなかったとの説が有力である。そのため中学や高校の日本史では同じく明治に諡された淳仁天皇(淡路廃帝)、仲恭天皇(半帝九条廃帝)と異なり大友皇子弘文天皇と書かれることは少ない。仲恭天皇に至っては即位式の前に廃されたにも関わらず。。。