行沢久隆

スポーツ

行沢久隆

ゆきざわひさたか

70〜80年代のプロ野球選手。現・日本経済大学監督。

右投右打、ポジションは内野手背番号は4→8→22番。

1953年7月11日生まれ。大阪府出身。

PL学園高校1970年1971年と2年連続で夏の甲子園に出場。

卒業後中央大学に進学し1976年ドラフト2位で日本ハム・ファイターズに入団。

1年目より控えの内野手として一軍に定着。

1976年4月29日、近鉄バファローズ戦の8回、1死満塁で左翼満塁本塁打を叩き込んだが、一塁走者を追い越してアウトの宣告、幻のプロ入り初本塁打となった。*1


1979年、シーズン中に吉岡悟との交換トレードで、西武ライオンズに移籍。

主に遊撃手二塁手として一軍定着。

ユーティリティプレイヤーとしてライオンズ黄金時代に貢献した。


1988年、現役引退。

1989年、西武ライオンズスコアラーとなる。

1992年、西武ライオンズの二軍守備・走塁コーチに就任。

2004年、一軍守備・走塁コーチに就任。

2007年、フロント入り。

2010年、埼玉西武ライオンズの二軍監督に就任。

2012年、ライオンズを退団。

2014年日本経済大学の監督に就任。


花の独身貴族継続中、であったが2006年にようやく家庭を持つ。家庭料理の達人として名高い。

*1:記録は3打点の単打。正式なプロ入り初本塁打は翌1977年まで、満塁本塁打は1981年まで待たねばならなかった。