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高村光太郎

読書

高村光太郎

たかむらこうたろう

:芸術家

たかむら・こうたろう(1883〜1956) 彫刻家・詩人。妻は洋画家高村智恵子

1883年明治16年)3月13日、木彫家高村光雲の長男として東京・下谷西町に生まれる。 本名光太郎(みつたろう)。 後年、自ら、光太郎(こうたろう)と称する。

1898年9月、15歳で東京美術学校予科(日本画)に入学。翌年本科彫刻科に進む。1903年明治35年)7月、20歳で彫刻科(木彫)を卒業、そのまま研究科に残る。ロダンの作品の写真を見て衝撃を受け、芸術開眼。1907年(明治39年)、24歳の時にアメリカで彫刻を学び(このころ荻原守衛と知り合う)、1908年明治40年)から1910年にかけてロンドン、パリ、イタリアで過ごす。同年帰国。1913年6月、本郷駒込林町25番地にアトリエが完成。1914年(大正3年)10月、32歳で詩集「道程」を自費出版する。12月、長沼智恵子と結婚。

1938年(昭和13年)智恵子52歳で病没。彼は56歳。1941年(昭和16年)59歳で詩集、『智恵子抄』を刊行、反響を呼ぶ。1945年昭和20年)4月、空襲によりアトリエ炎上。原形、木彫、素描等焼失。10月、知人であった宮澤賢治の縁を頼り東京から岩手県稗貫郡太田村山口(現・花巻市太田)に移住し、晩年の7年間を農耕自炊しながら過ごした。

1956年昭和31年)、4月2日没。享年74歳。

詩集代表作