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高田保

一般

高田保

たかだたもつ

1895-1952 劇作家随筆家。大正期に劇作家として認められる。戦後は『ブラリひょうたん』など新聞紙上で占領下の世情を風刺する。

高田保新治郡土浦(現土浦市)に生まれた。早稲田大学英文科を卒業(1917年)したのち、劇作家を志す。1922年には、日本初の洋式劇場・帝国劇場(1911年開場)の戯曲懸賞に舞踊劇『案山子(かかし)』で入選、劇作家として認められるようになった。新劇運動の源流となった築地小劇場が1929年に分裂すると左翼色の強い新築地劇団に参加したが、弾圧によって同劇団は解散に追い込まれた(1940年)。

戦後になってからは、舞台を新聞紙上に変えて名コラムニストとして活躍。とくに『東京日新聞』(現在の毎日新聞)に連載された『ブラリひょうたん』は、占領下の政治・社会を風刺するコラムとして好評を博し、風刺家としても名を高めることとなった。