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黒い霧事件

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スポーツ

黒い霧事件

くろいきりじけん

1969年1971年に日本プロ野球を舞台にした八百長をめぐっての一連の騒動。

この一連の騒動で多くのスター選手が永久失格処分(永久追放)や長期間の出場停止などの厳罰を受けた。プロ野球人気の低下、ひいては西鉄ライオンズ東映フライヤーズの球団売却へと影響を及ぼした。

事件の経緯

1969年10月7日 元西鉄投手の永易将之が公式戦で暴力団関係者にわざと試合に負ける「敗退行為」を持ちかけられ、それを実施していたことが判明し、西鉄球団は永易をシーズン終了を以て解雇することを決定。翌8日、読売新聞報知新聞(現・スポーツ報知)が報道

同年11月28日 コミッショナー委員会(当時はコミッショナーの権限については宮沢俊義委員長をはじめ、金子鋭・中松潤之助の3人が合議制で担当した)は永易に対する「永久出場停止処分」(永久追放)という日本野球界初の厳罰処分を下す。

1970年4月1日 永易と週刊ポスト記者による独占インタビューの録音テープがフジテレビで放送され、その中で永易は「他にも敗退行為=八百長をした選手がいる」と暴露し、それを行ったのではないかと疑われた西鉄の6人の選手を公表。池永正明与田順欣益田昭雄の3投手、捕手村上公康船田和英基満男の2内野手が対象とされ、後日コミッショナー委員会は永易を含む7人に事情聴取を実施。

同年4月22日 オートレースのレース中の違反で送検されたオートレーサーが「プロ野球選手がオートレース八百長に参加した疑いがある」と自供。23日、小型自動車競争法違反の容疑で当時中日ドラゴンズに移籍していた元西鉄投手の田中勉、元大洋ホエールズ投手の高山勲、元・暴力団森岡組の準組員藤縄洋孝が逮捕される。

同年5月6日 オートレース八百長に参加した罪で中日のエース・小川健太郎が逮捕。

同年5月9日 敗退行為に関わった疑いのある選手として東映の田中調、森安敏明の両投手の名前が公表される。

同年5月14日 近鉄バファローズの球団職員・山崎晃が1967年のシーズンに八百長を強要されたことが報道される。

同年5月19日 阪神タイガース内野手の葛城隆雄がオートレース八百長容疑で逮捕。

同年5月25日 コミッショナー委員会西鉄の6人の当該選手について以下の処分を下す。

池永、与田、益田の3人の投手は永久追放処分。与田と益田は敗退行為を認めたため、池永は敗退行為の勧誘に際して受け取った100万円の返却を怠ったためとの理由。

村上と船田は1970年11月30日までの試合を含む一切の野球活動禁止処分。基は厳重注意処分。

同年6月〜7月にかけてこの疑惑に関わった選手の処分が相次いで発表される。(特記ないものはコミッショナー委員会裁定

6月3日 中日・小川を永久追放

6月15日 近鉄球団職員・山崎を永久追放

6月17日 ヤクルトアトムズ捕手・加藤俊夫が自動車無免許運転で逮捕される。翌6月18日、ヤクルト球団は無期限出場停止の処分を課す

6月18日 阪神・葛城に出場停止3ヶ月

7月1日 近鉄外野手土井正博が賭博の疑いで書類送検され、後日パ・リーグ会長より出場停止1ヶ月の処分が課される

7月30日 東映・森安を永久追放、田中に厳重戒告

同年9月8日 ヤクルト内野手桑田武オートレース八百長の疑いで逮捕され、後日コミッショナー委員会は出場停止3ヶ月を決定する。

同年11月30日 阪神投手・江夏豊が「野球賭博の常習者との交流をしていた」という理由で、セ・リーグ会長から戒告処分を受ける。

1971年1月11日 南海ホークス投手・三浦清弘がチームメイトの投手・佐藤公博から敗退行為の誘いを受けてその報告を怠ったとして戒告処分とする。

同年1月29日 大洋のコーチ・鈴木隆、投手・坂井勝二が暴力団とのかかわりを持った疑惑が持たれていたことから球団から同日付で1軍の出場無期限禁止と減俸処分を課す

同年2月15日 ロッテオリオンズ投手・成田文男が野球賭博の常習者である暴力団と交流していた疑いで、球団より公式戦開幕から1ヶ月間の試合出場を見合わせることを発表。

スポーツ

黒い霧事件

くろいきりじけん

1972年の日本プロボクシング界分裂を招いた事件。

世界王者西城正三キックボクシング転向を巡り西城の所属する協栄ボクシングジム金平正紀(故人)が日本協会と対立が引き起こされた。

背景にはモハメド・アリ(当時はカシアス・クレイ)の初来日興行もあったとか。