スマートフォン用の表示で見る

佐竹敬久

一般

佐竹敬久

さたけのりひさ

1947年11月15日生まれ、秋田県仙北市出身、東北大学工学部卒。

佐竹北家の第21代当主(養父は元男爵)。

経歴

大学失業後、数年間東京で働いていたが、外祖父敬次郎氏から後継者に指名され秋田県に呼び戻される*1。それまでは父親の姓の和井内敬久と名乗っていた。

昭和47年3月 秋田県庁に入庁し秋田県庁職員として勤務。工業振興課長、地方課長、総務部次長を歴任平成9年秋田知事選出馬のために県庁を退職するが選挙では落選。平成13年7月、秋田県秋田市選挙に立候補、当選。平成17年、2期目再選を果たすが、平成21年2月24日に、任期を約5ヶ月残して秋田知事選出馬のため辞職。2度目の挑戦で今回は当選を果たし17代秋田県知事に就任(平成25年3月に再選)。

佐竹北家の近代の系図

相馬樹胤*2━根来盛実━佐竹義尚━佐竹義敬〓佐竹敬次郎(実兄の義敬氏の養子)━女子*3佐竹敬久(外祖父敬次郎氏の養子となり佐竹北家を継ぐ)

※佐竹北家は、佐竹氏第14代当主・佐竹義治の四男の義信から分岐した家で、江戸時代に本家に従って秋田久保田)に移って後、角館に知行1万石格の領主<支藩ではない>として明治維新を迎えた。維新後は戊辰戦争での佐竹藩の働きと支藩ではないとはいえ、知行1万石格と大名クラスの身分であったため、華族令施行後に他の分家の二家(※西家・南家)同様男爵号を受爵されることになった家である。なお養子相続が多く、男爵時代の佐竹北家の当主全員の先祖は本家の21代当主の佐竹義処の実子で、養子相続で相馬家の22代当主となった相馬叙胤の男系子孫である。

*1週刊朝日 2013年8月30日号より

*2:相馬氏二十六代,父系は佐竹氏系

*3:地元秋田の実業家の和井内貞二郎氏妻