左内坂

地理

左内坂

さないざか

JR市ヶ谷駅のプラットフォーム飯田橋寄りに立たてば、外堀の向こうに見えてくる坂

左内坂

文学作品

「場所は市ヶ谷尾州さまのお屋敷だよ」

と教えられてきた。

みちみち

―― 士官学校はどこです。

ときいても、たいていはさあね、と首をふるばかりで知らなかったが、市ヶ谷尾州さまはどこです、といえばすぐ答えてくれた。東京といっても現実の地理はまだ江戸であった。

市ヶ谷に入っても旧大名屋敷や旗本屋敷はそのままで残り、一望六割ほどが田園であった。左内坂をのぼってゆくと、にわかに西洋風の門がある。

衛門があり、そこで来訪の意を告げると、兵隊が案内してくれた。校庭はひろく、あちこちに日本瓦をふいた木造二階だての、まるで異人館のような校舎が建っている。

司馬遼太郎, 「坂の上の雲〈1〉」, P61

秋山好古陸軍士官学校の願書を出しに行く途中の道として左内坂が出てくる。いまも坂の上には防衛省左内門がある。