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阪急2200系

一般

阪急2200系

はんきゅうにせんにひゃっけい

1975年昭和50年)に製造された系列。

阪急の次世代通勤車の試作車として、8両編成1本が神戸線に投入された。

石油危機による省エネ時代を迎えて、電力消費の少ないチョッパ制御方式を実用化するために、長期実用試験車として製作された。

特徴

  • 1960年昭和35年)に製造された2000系以来、15年ぶりのモデルチェンジ車。
  • ただし、フルモデルチェンジと言えるほどではなく、2000系で確立されたデザインをベースとはしている。
  • 阪急最初の全自動表示幕を設置。前面の左右窓上に種別幕と行先幕を、側面にも種別幕と行先幕を備える。
  • 標識灯は前面の左右窓下に移動し、種別灯と赤色灯を独立。
  • 前面にスカートを取り付け。
  • 運転台は阪急初のワンハンドルマスコンを採用し、主幹制御器(マスコン)とブレーキ指令器を一体化。
  • 人間工学的デザインを採用した運転台。これに伴い、運転室を拡大。
  • 運転室を拡大したため、運転台直後のスペースが狭まり、2人がけ座席となった。
  • 運転台直後には側窓を設けずに、阪急の頭文字「H」のエンブレムを取り付け。
  • 車内は2000系以来のデザインと大きな変わりはない。
  • 側窓は運転室からの操作で一斉開閉可能なパワーウインドウを装備。ただし、ほとんど使われたことがないとされる。
  • 編成は4M4Tの8両編成。阪急としては最初の8両固定貫通編成である。
  • 制御装置は電機子チョッパ方式を採用し、回生ブレーキを備える。
  • 台車はS型ミンデン台車。

その他

VVVFインバータ車(長期実用試験車)

  • 1985年昭和60年)、阪急最初のVVVFインバータ制御車として、中間電動車2両が新製された。
  • 東芝製のインバータ制御装置を搭載し、VVVFインバータ制御の長期実用試験車として位置づけられている。
  • パワーウインドウには対応していない。
  • 8両編成の中間付随車2両を置き替えて運用されたため、2200系は6M2T(中間車全てが電動車)の強力編成となった。
  • 余剰となった中間付随車2両は、2200系の番号のまま、6000系の増結用編成(2両編成)の中間に組み込まれ、4両編成を構成した。
  • 実績は、後に8000系に生かされた。

その後の改造など

  • 表示幕のデザインは、何度か変更されている。当初、「急行」は白地に赤文字であったが、後に黒地に黄文字となり、さらに現在の黄地に黒文字となった。
  • 表示幕には、当初、漢字のみが記載されていたが、現在は漢字とローマ字が併記されている。
  • 試験終了に伴い、中間電動車(電機子チョッパ車)4両の電装を解除し、中間付随車として6000系に改番・編入。残った4両で2M2Tを組み、6000系の増結用編成(2両編成)と6両で、今津線で運用された。
  • 1993年平成5年)、阪急電鉄CI導入で、運転台直後のスペースに取り付けられていた「H」マークは、マルーン色で塗り潰され、代わってCIが取り付けられた。後に「H」マークそのものが撤去された。
  • 1995年(平成7年)1月17日の阪神淡路大震災で、2200系を含む編成が被災宝塚南口〜宝塚間で脱線傾斜)した。中間電動車(VVVFインバータ制御車)2両のうち1両は、電気機器・車体を損傷し廃車。もう1両も電気機器を損傷した。このため、1両を電装解除の上で中間付随車として6000系に改番・編入。廃車となった1両は6000系の中間付随車として代替新造された。
  • 震災復旧の過程で、制御車2両も6000系に改番したため、2200系は消滅した。

現在の運用など

6000系7000系に編入されて運用されている。