笹森順造

社会

笹森順造

ささもりじゅんぞう

1886年明治19年)5月18日 - 1976年(昭和51年)2月13日)

日本の政治家、教育者、剣道家。位階勲等は正三位勲一等瑞宝章。称号は政治学士、剣道範士。実兄の笹森卯一郎?鎮西学院日本人初の院長。子の笹森建美?牧師、小野派一刀流第17代宗家

東奥義塾塾長、青山学院院長、衆議院議員(4期)、参議院議員(3期)、復員庁総裁賠償庁長官、全日本剣道連盟最高顧問などを歴任した。

剣道

弘前藩に伝わっていた小野派一刀流剣術を北辰堂道場で学んだ後、早稲田大学剣道部で高野佐三郎(中西派一刀流)に師事した。のちに小野派一刀流第16代宗家となり、林崎夢想流居合、直元流大長刀術も伝承した。

第二次世界大戦後の連合国軍最高司令官総司令部GHQ)による剣道禁止期は、全日本撓競技連盟設立し会長を務めた。1954年、全日本撓競技連盟全日本剣道連盟(会長木村篤太郎)と合併し、笹森は全日本剣道連盟最高顧問に就任した。