山県大弐

社会

山県大弐

やまがただいに

日本の江戸時代中期の儒学者思想家。諱は昌貞。字は子恒。甲斐国出身。

甲斐武田氏譜代家臣である山県昌景の子孫とされる人物朱子学兵学医学などに詳しかった。また、尊王論者でもあった。明和4年(1767年) の明和事件連座して藤井右門藤井直明)とともに死刑に処せられた。