山崎賢一

スポーツ

山崎賢一

やまざきけんいち

80〜90年代のプロ野球選手。

通称「番長」。

左投左打、ポジションは外野手背番号は46→59→2→26番。

1962年7月20日生まれ。東京都生まれ、埼玉県出身。

所沢商業高校から1982年ドラフト外横浜大洋ホエールズに入団。

1985年、22盗塁イースタンリーグ盗塁王を獲得。

1989年、短打狙い用に使った「コケシバット」で打撃開眼。

カルロス・ポンセの不調もありチームの4番を打った。

オールスターゲームにも出場。同年、打率.309で5位、ベストナインにも選出された。

1994年福岡ダイエーホークスに移籍。移籍後は8番打者として出場。


1996年、現役引退

1997年福岡ダイエーホークスの二軍コーチに就任。1999年まで務めた。


現在は福岡ソフトバンクホークスのスカウトとして活躍中。


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私設応援団「山崎一家」

山崎賢一を熱狂的に応援する応援団として、1980年代に設立

横浜スタジアムをはじめ、ナゴヤ球場など地方でも活動を展開。

1990年代前半の全盛期には、応援団を取り仕切るようになっていた。

この応援団の存在に関しては、多くの悪い噂が立ち、ファンに賛否両論を巻き起こした。

1994年、山崎の移籍後は「横濱一家」と名称を変更し、活動を継続する。

1999年、日本一の翌年に横浜スタジアム入口でトラブルを起こし、以降出入り禁止となり、解散した。