山田顕義

一般

山田顕義

やまだあきよし

日本の華族、軍人、政治家

松下村塾最後の塾生。

明治維新後、新政府軍の要職を歴任東京鎮台司令長官を最後に軍事からは身を引いていった。最終的な階級は陸軍中将

岩倉使節団の理事官として欧米を視察後、政府内の要職に就く。内務卿のほか、最後の司法卿にして初代司法大臣となった。

法整備の未熟だった日本の民法刑法の編纂に大きく貢献。

日本法律学校(現日本大学)、國學院大学の創始者でもある。