男達の喉を切り裂いて血の海に沈めてやりたい。だが、心はこれ程に憎みながら拒めない己の躰こそ九にも八にも切り裂いて七里之濱に沈めたい。 朝日文庫時代小説アンソロジー『悲恋』 思慕・恋情編 作者:細谷正充,池波正太郎,南條範夫,北重人,山本周五郎,諸田玲子,澤田ふじ子,安西篤子 朝日新聞出版 Amazon 永亨十二年(1440)九月 鎌倉山之内 上杉邸 「俺はいつも兄貴の陰になる」 関東管領上杉兵庫頭清方は、全てに苛立っていた。その苛立ちは、昨日今日の苛立ちではない。 「俺の苛立ちはあの時からだ…」 清方は、寝間の上に胡座をかき、眼前の寝酒を徳利で呷る。 上杉憲実、清方兄弟は、関東管領山内上杉家の…