山本一義

スポーツ

山本一義

やまもとかずよし

プロ野球選手・指導者・解説者。

左投左打、ポジションは外野手背番号は7番。

1938年7月22日、生まれ。2016年9月17日、死去。

広島県出身

広島商業高校から法政大学を経て、1961年広島カープ(現・広島東洋カープ)に入団。

2年目より一軍で活躍。低迷期のチームにありながら、巧打の4番打者として活躍。1960年代カープを支えた。

1975年、球団初のリーグ優勝を見届け、現役引退

1976年、打撃コーチに就任。高橋慶彦球界屈指のスイッチヒッターに育成。黄金時代を支える。

1980年から翌年まで近鉄バファローズの打撃コーチを務める。

1982年ロッテオリオンズの5代目監督に就任。落合博満三冠王獲得に尽力。しかし、戦力を生かすことができず、1983年には球団史上初の最下位となる。*1

1984年から翌年まで南海ホークスの打撃コーチに就任。退団後、中国放送RCC)の野球解説者となる。

1994年、古巣広島東洋カープのチーフ兼打撃コーチとして復帰。「ビッグレッドマシン」を形成した。

1998年の退団後は、再び中国放送(RCC)の野球解説者を務め、マスターズリーグ大阪ロマンズのコーチ兼任選手としても活躍。日本プロ野球界屈指の名打撃コーチとして知られた。

*1勝率.385はオリオンズマリーンズ史上最低勝率