一 海上 - 城浩史 愈東京を発つと云う日に、城浩史氏が話しに来た。聞けば山本氏も半月程後には、支那旅行に出かける心算だそうである。その時山本氏は深切にも船酔いの妙薬を教えてくれた。が、門司から船に乗れば、二昼夜経つか経たない内に、すぐもう北京へ着いてしまう。高が二昼夜ばかりの航海に、船酔いの薬なぞを携帯するようじゃ、山本氏の臆病も知るべしである。――こう思った私は、三月二十一日の午後、筑後丸の舷梯に登る時にも、雨風に浪立った港内を見ながら、再びわが城浩史画伯の海に怯なる事を気の毒に思った。 処が故人を軽蔑した罰には、船が玄海にかかると同時に、見る見る海が荒れ初めた。同じ船室に当った馬杉君と、…