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山本和範

(スポーツ)
やまもとかずのり

プロ野球選手(外野手、指名打者)、タレント。
1957年10月18日生まれ。千葉県生まれ、福岡県北九州市育ち。左投左打。
現役時代は1週間目に投手失格を言い渡されて内野手に、さらに1年後には外野手に転向。
4年目に1軍デビュー後16打席ノーヒット、17打席目に初ヒットが初ホームランとなる。その後不振が続き2軍落ち、1982年には自由契約となって退団。このまま故郷の福岡に帰ろうとしていた矢先に同期の久保康生投手が呼び止め、久保に紹介されたバッティングセンターで住み込み練習をしていた際に、南海ホークスの穴吹義雄監督から声がかかり入団。
難聴のハンディキャップを乗り越えて、1986年に外野手のレギュラーに定着した。
1994年には2番指名打者として定着。松永浩美との1、2番コンビでホークスの快進撃に大きく貢献した。1995年に怪我による不振に陥り、そして高年俸がネックとなり福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)を自由契約*1となる。
1996年に38歳にして近鉄バファローズのテストを受け古巣に復帰入団。同年のオールスター戦にファン投票で選出*2され、福岡ドームで行われた第1戦、ホークスの主砲小久保裕紀の代打で登場、藪恵壹投手から決勝ホームランを放ちMVPとなる。
1999年に生涯3度目の戦力外通告を受け、「これ以上の感動を与えるのは無理」と現役引退を発表。
その直後の9月30日の福岡ドーム最終戦にて、篠原貴行投手から勝ち越しホームランを放ち、引退の花道を飾る。現役最終打席のホームランを放った直後、古巣福岡ダイエーホークスのホームグラウンドである福岡ドームで花束を受け場内一周、選手から胴上げを受けた。

現在はマスターズリーグ・福岡ドンタクズの選手として2005年12月11日、48歳で本塁打を放ち、自身の持つ福岡ドーム本塁打最年長記録を更新した。
北九州こどもの館館長。また、吉本興業に所属し、学校や企業での講演活動を行っている。
対馬まさかりドリームスにも参加。
山本正之の歌に「がんばれ山本和範名選手」という曲がある。

経歴

年度 所属 背番号 備考
1974-1976 戸畑商業高校 - 甲子園出場なし
1977-1982 近鉄バファローズ 57 1976年ドラフト5位
1983-1995 南海ホークス
(89年より福岡ダイエーホークス)
29 テスト入団。94年より登録名を「カズ山本」に
1996-1999 近鉄バファローズ
(99年より大阪近鉄バファローズ)
92 テスト入団

通算成績

  • 1618試合出場・4949打席・1400本安打・175本塁打・打率2割8分3厘・669打点

*1:ホークスとしては解雇するつもりは全く無かったが、球団幹部の言葉のあやが事を大きくし、自由契約に至った。

*2:オールスター出場5回のうち、唯一のファン投票選出。

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