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四条天皇

社会

四条天皇

しじょうてんのう

寛喜3年(1231年)2月12日生まれ、仁治3年(1242年)1月9日崩御

第87代天皇。父は後堀河天皇。母は藻壁門院(そうへきもんいん)藤原竴子(そんし。「そん」は[立+尊])。

寛喜3年(1231年)10月28日に生後8か月で皇太子となり、貞永元年(1232年)10月4日、父である後堀河天皇から位を譲られ、数え年わずか2歳で第87代天皇として践祚。しばらくは父である後堀河上皇院政を行い、外祖父である九条道家が後見人として実権を握っていた。

仁治3年(1242年)1月9日、12歳の若さで突然崩御。一説によると、御所の廊下に滑石の粉を撒いて女官が滑って転ぶのを見て楽しんでいるうちに、誤って自身が滑って転んで頭を打ち、打ち所が悪く崩御したという。

陵墓は月輪陵(京都市東山区今熊野)。同陵は泉涌寺にほど近い場所にあり、後水尾天皇以下江戸時代歴代の天皇も代々同陵に葬られている。