朱里エイコ

音楽

朱里エイコ

しゅりえいこ

歌手。(本名・田辺栄子)

1948年3月19日、東京都生まれ。宝塚歌劇団でダンスの指導を担当していた舞踏家の母・みさをさんの手で育てられた。64年に田辺エイコの名前で歌手デビュー。同年、16歳で渡米した。米国ではジャズなどを勉強し、ラスベガスなどでステージに立った。帰国後の67年に朱里エイコとしてデビュー。再び渡米し歌手として修業を積み帰国。72年の「北国行きで」がヒットし、紅白歌合戦に初出場を果たした。73年にも「ジェット最終便」で紅白に出場した。

 日本人離れしたパワフルなボーカルと米国流のパフォーマンスに加え、美脚でも人気を集めた。セクシーなミニスカートでのステージでファンを悩殺。“100万ドルの脚線美”“和製ライザ・ミネリ”などと称された。

2004年7月31日、急死。