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住井すゑ

読書

住井すゑ

すみいすゑ

女流作家

1902年奈良県磯城郡平野村(現、田原本町)生まれ

1919年上京し講談社に入社。同年農民文学者犬田卯と結婚。農民運動を支える。

1954年「夜明け朝明け」で毎日出版文化賞受賞。

代表作「橋のない川」全7巻を1961年〜1992年に出版。部落の差別問題を書いたこの本は500万部が発行され大ベストセラーになった。又、英語、中国語フィリッピンタガログ語に翻訳され海外でも読まれいる。また今井正監督や東陽一監督により映画化もされた。

1997年6月16日に老衰で95歳の生涯を閉じた。



戦争賛美小説

また戦時中は「農夫われ」「生産の歌」「日の丸少女」「佐久良東雄」「野の旗風」「難きにつく」など、戦争を賛美した一連の作品を発表した。

「戦争はありがたい。あり余るものによって却って心を貧しくされがちな人間の弱点を追い払って、真に豊かなものを与えようとしてくいてくれている」(「農夫われ」)


「そうだ!僕もめいよの戦死をとげたおとうさんの遺児だ。ボクも、おとうさんの志をついで忠と孝をまっとうしなければならない!靖国のみ社にまつられたおとうさんの子として、はずかしくない百姓になるのだ!」(野の旗風)


「無敵皇軍を不穏などと言った腰抜野郎、今こそ出て来い。神国日本は開闢以来無敵なんだ」


戦後、その活動について質問された同氏は

「ほほほ・・・何書いたか、みんな忘れましたね」

「書いたものにいちいち深い責任感じていたら、命がいくつあっても足りませんよ」

「いちいち責任取って腹切るのなら、腹がいくつあっても足りない」

などと回答している。

※雑誌『Ronza』(発行・朝日新聞社)の1995年8月号「戦後50年 文筆者、出版・新聞の戦争責任」の記事。

インタビュアーは櫻本富雄氏で、「ぼくは皇国少年だった 」(インパクト出版会 1999年)に収録されている。

また、この記事に触発され、評論家・呉智英氏は「人権真理教と差別」という文章を書いている。

同書に収録。

危険な思想家 (双葉文庫)

危険な思想家 (双葉文庫)

馬鹿と対峙したとき、きちんと相手を馬鹿にすることによって、

賢い者の視点から見えるモノを見事に相対化する名人だった。