淳和天皇

社会

淳和天皇

じゅんなてんのう

第53代天皇。名は大伴、上皇御所とした淳和院を西院とも称したので西院の帝とも呼ばれる。

桓武天皇の皇子。母は藤原旅子(式家・藤原百川娘。宇合の孫。)

平城天皇嵯峨天皇の異母弟。光仁天皇の孫。

在位823年4月16日〜833年2月28日

薬子の変によって立太子。強大な嵯峨天皇の影響力の下でその治世中は平穏であった。

漢学に優れ、「令義解」「経国集」を編ませた。

歴代天皇の中でただ一人、自らの意思で火葬の後その遺骨は散骨された。