純粋ひきこもり

一般

純粋ひきこもり

じゅんすいひきこもり

ひきこもり支援者・工藤定次氏の提唱する、「ひきこもり状態の極限」を表現する言葉。

複数の支援関係者から、運用益が認められている。


ポット出版脱!ひきこもり』(工藤定次)、p.13-5

 「ひきこもり」には、「籠もる=個人のみの空間を作る」=とに、「引く=社会から、あるいは人との関わりから引く」という動作が加わっている。 「人を遠ざけて一人の空間を作り、なおかつ社会的なものから逃げる」。 この状態が「ひきこもり」である。 それ故に、私は、「ひきこもりは二重鎖国状態だ」と主張する。

 「ひきこもり」とは、「人を遠ざけて一人の空間を作り、なおかつ社会的なものから逃げる」状態だ。 私は、それを狭義に「純粋ひきこもり」と呼んでいる。 そして、私は、この人々を中心において、ひきこもりを考えていきたいのだ。 つまり、私が今まで関わってきた人々、そしてこれから関わろうとする人々は、「二重鎖国状態から抜け出したいのに抜け出せない」人たちのことなのである。


ドーナツトーク社『分岐点に立つひきこもり――社会的ひきこもりからニートへ? しかし、本来的意味としてのひきこもりは今も長期化し続けている』(樋口明彦・石前浩之・上田陽子・金城隆一田中俊英)、p.17

 工藤定次氏(青少年自立援助センター理事長)は、「ひきこもり」を、「純粋ひきこもり」「ひきこもりがち」「ひきこもりもどき」の三タイプに分ける。 何らかのかたちで社会と接続している後者二者と違い、「純粋ひきこもり」は完全に社会と連絡を絶ち孤立している、とされる。 ただし、本書では便宜的に「純粋ひきこもり」という言葉を使用していることに注意されたい。 メディアやネットの侵入、また家族も社会人としての顔を持つことから、「純粋」に社会からひきこもることはありえない。 「純粋」よりはむしろ、このタイプを「ひきこもり当事者」と限定し、他のあり方を「元当事者」や「ニート」と呼んだほうが分類としてはより明解だと考える。