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小笠原孝

スポーツ

小笠原孝

おがさわらたかし

プロ野球選手、指導者(投手)。

1976年11月29日生まれ、千葉県船橋市出身。左投左打。背番号は43番。

市立船橋明治大学中日ドラゴンズ(1998年ドラフト3位)

明治大学時代は1年秋、2年秋と全国制覇をした、川上の弟分。1999年秋にフォーム改造をし、制球力アップを目指している。技巧派左腕投手。先発、中継ぎもこなす貴重な存在。2003年に股関節部の手術も経験した。

2004年、ドラゴンズ優勝の年のペナントレース後半にはローテーションの一角を担い、2000年以来の2勝を上げた。勢いそのままに日本シリーズでの先発も予想されたが、惜しくも叶わず50年ぶりの日本一を逃した。

悲願の日本一へ向け同チームのベテラン山本昌の得意球「スクリュー」を研究し、本来の持ち球であるシュートと共に左打者の懐をえぐる2球種で開幕ローテーション入りを狙う。

2006年の交流戦では先発陣が相次ぐ故障の中、ローテに食い込み、5/29のソフトバンク戦には自身初の完投勝利を遂げる。「未知の世界だった」というように無心で勝ち取った133球だった。

2007年には6勝をあげ、後半戦は先発ローテーションに加わる。安定した投球が続くも再三味方の援護に恵まれなかった。

CS(クライマックスシリーズ)第2ステージでは大事な初戦に奇襲として抜擢され、見事に役割を果たす。日本シリーズ第4戦にも先発。

山本昌という左の柱が不調な中、シーズン通して安定した成績を残し首脳陣の信頼を勝ち得た。

2008年は自身最多の8勝をあげ、翌年も7勝をあげるが以後は3年間で1勝にとどまった。


2012年、現役引退。

2013年、中日ドラゴンズの二軍投手コーチに就任。


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