小松耕輔

音楽

小松耕輔

こまつこうすけ

明治−昭和期の作曲家、教育家、評論家。(1884−1966)


秋田県生まれ。1906年明治39)東京音楽学校卒。

同年、最初の創作オペラ運動を起し、山田源一郎、小林愛雄と“樂苑会”を組織。日本最初のオペラ『羽衣』(明治39)を作曲し、6月YMCAで試演した。また童謡運動の先駆となった。

「大正幼年唱歌集」(1915〜18)に新しいタイプの唱歌を発表。のち雑誌“赤い鳥”にも童謡作品を書いた。

1920−23年(大正9‐12)ヨーロッパの留学。ヴィドール、フォシェ、ダンディらに師事。

1927年国民音楽協会を設立し、理事として合唱活動に尽力。初めて合唱コンクールを開く。同協会は第二次世界大戦後、全日本合唱連盟となり現在にいたっている。

学習院大、お茶の水女子大教授をへて東邦音楽短期大学教授、東洋音楽短期大学講師として後進の指導にあたった。

著作権擁護にも尽力。大日本著作権協会理事。他にも音楽コンクール理事会顧問、文部省大学設置委員会専門委員などをつとめた。