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小川邦和

スポーツ

小川邦和

おがわくにかず

70〜80年代のプロ野球選手。

現・MLBピッツバーグ・パイレーツスカウト。

右投右打、ポジションは投手背番号は45→29番。

1947年2月1日生まれ、広島県福山市出身。     

池田善蔵?率いる尾道商業高校1964年センバツで決勝進出。

尾崎正司擁する徳島海南高校と対戦*1も逆転負けを喫する。

卒業後、早稲田大学を経て、日本鋼管に入社。

1972年ドラフト7位で読売ジャイアンツに入団。

1年目より一軍で登板。V9黄金時代後期を支えた。

1978年、戦力外となり反骨心からMLBを目指し単身渡米。

初めて自らの意志でメジャーに挑戦した選手となる。*2

当時はMLBのハードルは相当高く、小川の挑戦は暴挙と揶揄され、日本では全く報道されなかった。

2年間、独立リーグマイナーリーグ(2A、3A)でプレーするも、メジャー昇格はかなわず。

1981年に帰国し、広島東洋カープに入団。

1983年、退団。

その後、メキシカンリーグで活躍。

1985年、現役引退。野球解説者となる。

1994年、ロッテオリオンズのコーチに就任。

1997年韓国プロ野球三星ライオンズのコーチに就任。

その後、フロリダ・マーリンズの極東スカウトを経て、現在はピッツバーグ・パイレーツの極東スカウトを務める。

またマスターズリーグ札幌アンビシャスにも参加し、一方で東京都内でシニアリーグの指導にもあたっている。


* リスト::野球選手

*1:第1回大会を除き史上初の初出場同士の決勝となった。

*2村上雅則野球留学中にスカウトされた。