小豆坂の戦い

社会

小豆坂の戦い

あずきざかのたたかい

小豆坂の戦い(あずきざかのたたかい)

1542年、1548年三河額田郡小豆坂で二度にわたって繰り広げられた合戦。勢力の衰えた松平氏にかわる西三河地方の覇権を巡り、織田信秀今川義元との間で生じた戦い。1542年、尾張から侵攻してきた織田氏と三河側の今川氏・松平氏連合とが激突。織田方の小豆坂七本槍の奮戦により織田軍の勝利に終わったとされる。1548年、織田信秀岡崎城を武力で攻略することをめざし矢作川を渡河、今川義元も松平氏救援のため太原雪斎を大将として出陣、小豆坂で合戦となった。初めは織田軍が優勢であったが、今川方の岡部元信の奮闘により形勢逆転、織田軍は矢作川を渡って安祥城まで敗走。今川氏は竹千代を駿府に引き取り、松平氏を完全に保護下に置いた。桶狭間の戦いまで岡崎城今川氏派遣した代官を置き続けることとなる。