松平定敬

社会

松平定敬

まつだいらさだあき

桑名藩主。1846〜1908年会津藩松平容保の弟で、尾張藩主の徳川慶勝と徳川茂栄は兄にあたる。松平容保京都守護職に任ぜられたとき、京都所司代(※就任時の数え僅か18歳での要職の起用は異例中の異例で、もちろん歴代最年少)となった。

鳥羽伏見の戦いで惨敗すると藩内で抗戦派と恭順派が対立、桑名藩降伏するが佐幕派の定敬は柏崎函館と転々とした。