読書

上原專祿

うえはらせんろく

1899年5月21日〜1975年10月28日

歴史学者

1946年東京産業大学(現・一橋大学)学長に就任。大学の自由、民主的な運営の実現に奮闘し、また同大学を社会科学総合大学に発展させるべく国立大学で初めて社会学部を創設するなど、意欲的に改革を進めた。

また日米安全保障条約改定に反対、清水幾太郎家永三郎らと1959年安保問題研究会を結成。

安保闘争後は全ての職を辞し、七十歳となる1969年4月には愛妻が不遇の死を遂げたこともあり、1971年以降は京都宇治で隠遁生活を送る。

その死は、没後三年八ヶ月公表されなかった。