植木通彦

スポーツ

植木通彦

うえきみちひこ

競艇選手

登録番号3285 福岡支部所属

平成元年桐生競艇場で転覆した際に後続艇のペラで顔面を切り刻まれ、75針もの傷を負った。そこからの復活劇は競艇界の伝説。そこから「不死鳥」と呼ばれ、「バイオレンスモンキー」とも呼ばれたアグレッシブなモンキーターンを武器に*1艇王」の座を不動のものにしていた。中でも1995年暮のSG第10回賞金王決定戦の優勝戦は競艇界の名勝負。

輝かしい成績とは裏腹に完全優勝はなく、SGグランドスラムまであと一歩であったモーターボート記念(MB)の優勝がないまま引退した。

主な成績

2002年SG賞金王決定戦優勝など

弟子に桂林寛、沖島広和など

優勝戦フライング〜突然の引退

2007年のSG総理大臣杯優勝戦でフライングを侵し、約17億円の返還金を発生させてしまった*2。植木はSG優勝戦フライング規定どおり1年間賞金王決定戦以外のSGへの出場が出来なくなり、かつフライング休みも重なり規定で6月15日以降の6ヶ月間のG1選出除外を受けた。

そして鳴門競艇場で行われた一般競走終了後の7月19日に突然の引退宣言、翌20日東京で行われた競艇の永年功労者祝賀会の終了後に正式に現役引退を表明した。

通算成績は4500走1562勝、勝率7.58、優勝74回(SG:10回・G1:23回)、生涯獲得賞金は22億6184万2369円。

獲得賞金が20億を超えているのは今村豊松井繁と植木だけである。

*1:その強引とも見える戦法から「艇界のプリンス」「紳士」と呼ばれている今村豊が感情的になったこともある

*2:優勝は東京支部の濱野谷憲吾