スマートフォン用の表示で見る

信西

一般

信西

しんぜい

藤原通憲.平安末期の官人・学者(???-1159).後白河天皇の側近.法名は最初円空,のちに信西.父は南家の藤原実兼.母は源有房女.高階経敏の養子となるが,後復姓.

藤原頼長と双璧をなす学者であったが,南家出身であったため不遇で,官位正五位下・少納言どまりであった.このため,1144(天養元)年出家したが,政界からは引退せず,妻の紀伊二位が後白河天皇のうばであったため天皇即位後は側近として活躍する.

1156(保元元)年に保元の乱がおこると,源義朝の意見をいれて崇徳上皇方に夜襲を行い勝利した.1158(保元3)年に後白河院政が開始されると,平清盛と結んで権勢を誇るが,同じく院側近の一人であった藤原信頼と対立し,1159(平治元)年に平治の乱が起こると,源義朝と結んだ藤原信頼に殺害された.

本朝世紀」「法曹類林」などを編纂.