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新選組

社会

新選組

しんせんぐみ

文久3年(1863年)、将軍の上洛警護のために募集された「浪士組」を起源とする集団。

京都守護職・松平容保の保護下に置かれ、主に京都の治安維持、反幕府テロの鎮圧にあたった。

当初は京都を拠点にした政治活動が目的の集団だったが、芹沢鴨を暗殺、「新選組」に改名したのを期に治安維持部隊へと生まれ変わる。


新選組全盛期隊士主要役職(第四次編成時)

(歴史的には、何番組組長という言い方しか出てこない。何番隊というのは後世の言い方)


師範


上記以外に新選組に関連ある人物


表記について

新撰組」「新選組」どちらの表記も間違いではなく、新撰組が存在した当時から併用されていた。

会津藩から送られる文書は「新選組」と表記され、組から会津藩に送られる文書は「新撰組」としたものが多かった。

隊士数

文久三年三月……13人(24人という説も)

元治元年六月(池田屋事件の頃)……83人

一番多かった時……170〜180人

鳥羽伏見直前……66人

死亡

局中法度違反で死んだ者……18人(切腹10人、断首8人)

間者……………5人

不義密通………3人

脱走……………3人

隊務の怠り……2人

金銭のトラブル…2人

乱暴……………1人

女性問題………1人

不明……………7人  他

 

2004年に大河「新選組!」でドラマ化。