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神山茂夫

一般

神山茂夫

かみやましげお

(1905年2月1日 - 1974年7月8日)

作家・社会運動家山口県下関市生まれ。成城中学校卒。

給仕、肉体労働者などを経て、1929年日本共産党に入党、1935年と1941年の2度検挙される。

戦後1949年総選挙東京5区から立候補して当選、衆議院議員となるが、1950年公職追放で失職。

1954年には日本共産党より除名されるが1958年復党。しかし、1964年に再度除名され、志賀義雄らが結成した「日本のこえ」に参加、1965年参議院選挙東京都選挙区から立候補するも、落選。1967年には日本のこえからも、中野重治とともに脱退し、中野重治と組んで以後独自の活動をおこなった。


死後の2010年に問題化される『暴力装置』との用語を、初めて翻訳・使用し広めた人物とされる*1