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須藤豊

スポーツ

須藤豊

すどうゆたか

プロ野球選手・指導者・解説者。

右投右打、ポジションは内野手背番号は31→30番。

1937年4月21日生まれ。高知県出身。

高知商業高校?で1954年、春夏連続で甲子園に出場。

1956年毎日オリオンズに入団。

1年目より遊撃手として活躍。ミサイル打線の下位を担った。

1962年読売ジャイアンツに移籍。

1968年の現役引退後、守備コーチを経て、ヘッドコーチとなるが、1975年、最下位の責任をとる形で退団。

1976年より、川口市の鉄工所で4年間勤務。

1980年横浜大洋ホエールズの二軍監督に就任。

1983年、読売ジャイアンツコーチに復帰。

1986年、二軍監督に就任し、イースタンリーグV4を達成。

若手育成の手腕を買われ1990年古葉竹識の後任として横浜大洋ホエールズの監督に抜擢される。

1989年のドラフトでは佐々木主浩*1を指名。

1990年は6年ぶりのAクラス(64勝66敗で3位)、1991年5位(ただし64勝66敗)と健闘するが、

1991年12月25日、同じ高知商業高校出身ということで重用していた*2中山裕章投手が逮捕された。

この事件が歯車を狂わせ、翌1992年は開幕早々最下位に低迷。

同年、5月2日、休養を理由に監督を辞任、江尻亮ヘッドコーチが監督に就任した。

実質2年の在任中にチームは勝率5割を狙えるチームに成長。

1998年の優勝への種を蒔いた時期でもあった。


1993年読売ジャイアンツヘッドコーチに復帰。

2000年、西武ライオンズヘッドコーチに就任。

退団後はズームイン!!SUPERズームイン!!サタデーコメンテーター

2004年は読売ジャイアンツヘッドコーチとして復帰。

現在はRFラジオ日本野球解説者。

*1野茂英雄の外れ1位。

*2:2年連続開幕投手に起用したり、ベンチから高知商業校歌を歌いマウンド上の中山を鼓舞するエピソードが知られる。