城山公園 昭和三十四年、「もはや戦後ではない」という言葉が流行して、多少貧しくとも日本は高度成長期の入り口に立ち、明るい兆しが見えて来た時代であった。信州の寒気厳しい冬も四月の半ばともなれば、日毎に暖かさを取り戻してきた。松本市の北に見える小高い丘「城山(じょうやま)」の桜の木はそろそろ満開のピークも過ぎ、若葉も目立つ様になってきた。 「ああ、疲れた。田岡、少し休憩しよう」 同僚の宮下が汚れた軍手の甲で額の僅かな汗を拭きながら呼びかけた。田岡安夫と宮下弘はまだ松本市役所に勤めて二年目の同期である。歳は同じだが田岡は新卒、宮下は他所(よそ)から転職してきた。二人が 周囲から集めた食べ散らかしの弁…