水野和敏

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水野和敏

みずのかずとし

R35GT-Rの開発責任者として知られる元日自動車エンジニア

現在は自動車ジャーナリスト及び講演家として活動している。


1952年1月長野県生まれ。1972年国立長野工業高等専門学校卒業後、同年4月に日産自動車入社

ブルーバード、サニー、初代プリメーラ、R32スカイライン等の開発を経て、1988年にグループCレースカーである日産R89Cの開発に携わったのをきっかけに1989年よりNISMOに出向し、チーム監督兼開発責任者兼レーストラックチーフエンジニアとして活動。

レースにおいて国内耐久メーカー選手権3年連続チャンピオン獲得、92年デイトナ24時間レース総合優勝獲得(92年は参戦全レース全勝)、90年ル・マン24時間レース5位入賞、プライベート活動で国内F3000レース参戦しチャンピオン獲得など数々の輝かしい業績を上げ、日産自動車レース活動黄金期を構築した。


1993年1月より日産自動車復職。その後はスカイライン、ローレル、V35型スカイラインZ33フェアレディZステージア、FX35&45等の開発責任者として携わりつつ、開発課長と兼任し国内GT選手権レース、ルマン24時間レースに監督兼開発責任者兼レーストラックチーフエンジニアとしてレース活動も行った。


2003年12月、カルロス・ゴーンCEOにより次期GT-R開発総責任者任命され、R35GT-Rの企画、開発、生産、営業、収益、品質、新規販売網構築などのプロジェクトに係る全ての統括と実行業務を遂行*1

2007年12月のR35GT-R発売以来「ミスターGT-R」としてR35GT-Rの顔役となり、「水野節」「水野劇場」とも呼ばれる明快で饒舌な語り口で一躍世界にその名が知られる事となる。


2013年3月、日産自動車を退社。退社後は雑誌などでの自動車評論や、各所での講演活動、及び鈴木利男が運営する「ノルドリンク」にてサポート*2を行ったりしている。


2014年台湾自動車メーカー、裕隆汽車が展開する高級車ブランドであるラクスジェン(Luxgen、納智捷)ブランドの開発担当子会社であるHAITEC(華創車電技術中心)開発担当副社長日本法人社長に就任。ラクスジェンブランド車種の開発にあたっている。

*1:[CPS(企画)&PD(収益)及びCVE(車両開発責任者)が正式肩書き

*2:「自分が作ったクルマは最後まで自分が面倒を見る」という信念の元、自身と鈴木が携わった2013年モデルまでのサポートを行っている