杉浦忠

杉浦忠

(スポーツ)
すぎうらただし

プロ野球、南海ホークスの選手・監督。通称「球界の紳士」。
右投右打、ポジションは投手。背番号は21*1

1935年9月17日生まれ。愛知県豊田市出身。

立教大学時代、同期の長嶋茂雄とともに東京六大学リーグ連覇に貢献。
1958年、南海ホークスに入団。
アンダースローの本格派として、日本シリーズの4連投など、エースとして活躍。
鶴岡一人監督の元、野村克也、広瀬叔功皆川睦雄らと共に、南海ホークスの黄金時代に貢献。
1970年、現役引退。同年、投手コーチに就任。

1986年、南海ホークス最後の監督に就任。
大阪球場でのセレモニーでの「ホークスは不滅です。行ってまいります」は名言として残る。
1989年、身売り後も引き続き福岡ダイエーホークスの初代監督に就任し采配を振るった。
1990年、球団常務としてフロント入り。
また、1990年よりKBC九州朝日放送の解説者を務め、テレビ・ラジオ問わず、ホークスの開幕戦は必ず杉浦が解説していた。
1999年のリーグ優勝決定の翌日も解説したが、前代未聞の美酒に酔いしれながらの解説となった。


2001年、マスターズリーグ、大阪ロマンズの選手兼任コーチとしても活躍。監督代行を務めた。
同年11月11日、マスターズリーグの遠征中、札幌市にて逝去。

マスターズリーグの最優秀投手賞である「杉浦賞」に名を冠している。

*1:ホークスのエースナンバーとして現在に至る。

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